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名古屋高等裁判所金沢支部 平成5年(行ス)2号 決定

抗告人

宮岸外吉

右代理人弁護士

奥村回

橋本明夫

押野毅

相手方

社会保険庁長官末次彬

右指定代理人

長谷川恭弘

外九名

主文

一  本件抗告を棄却する。

二  抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一  抗告人の本件抗告の趣旨及び理由は、別紙抗告状、準備書面(一)及び(二)各記載のとおりであり、これに対する相手方の答弁は、別紙答弁書記載のとおりである。

二  当裁判所の判断

1  当裁判所も、相手方の本件移送の申立は理由があると判断するものであって、その理由は次のとおり付加・訂正する他は、原決定理由説示と同一であるから、これを引用する。

(一)  原決定四枚目裏初行「市長村長」とあるのを「市町村長」と改める。

(二)  原決定七枚目表八行目「そして、併給停止届出の」とあるのを「しかしながら、本件届書については、昭和六〇年の国民年金法の改正によって従前の障害福祉年金から裁定替えされた障害基礎年金に関する届出であるから、これにかかる届書の」と、同九行目「されており」とあるのを「されている」と、同一〇行目「、市町村長は、届書を」とあるのを「。そうして市町村長は、右届書を」と各改める。

(三)  原決定八枚目表三行目「当たらないというべきである。」とある部分の次に「従って、行政事件訴訟法一二条三項の『事案の処理に当たった下級行政機関』とは、広く国民との関係で窓口となって上級行政庁の処分手続に関与した下級行政機関で足りるとの抗告人の見解は、採用できない。」を加える。

(四)  原決定八枚目裏七行目から同八行目にかけて「本件届出の提出等の指導」とある部分を「金沢市長宛の本件届書や社会保険庁社会保険業務センター宛の内払調整額変更申出書等を作成して南社会保険事務所に提出するようにとの指導」と改める。

(五)  原決定九枚目表末行「べきあって、」とあるのを「べきであって、」と、同裏初行「成立についての」とあるのを「成立について」と各改める。

2  抗告人は、抗告人の身体的状況、経済的状況、裁判を受ける権利の実質的な保障の必要性、審理の便宜、相手方の本件訴訟に対する不当な意図の存在等の諸事情を勘案すれば、本件における行政事件訴訟法一二条三項の解釈に当たっては、憲法三二条、一四条の精神に照らし、まず抗告人本人の事情を重視すべきである旨主張する。

しかしながら、国民がいかなる裁判所において裁判を受くべきかの裁判所の組織、権限、審級等については、すべて法律によって決定すべき立法政策の問題であって、なんら憲法の制限するところでないと解されるから(参照、最高裁判所大法廷昭和二五年二月一日判決、刑集四巻二号八八頁。同裁判所第二小法廷平成元年六月八日決定、裁判集民事一五七号二五頁。)、国民の裁判を受ける権利(憲法三二条)、法の下の平等(同法一四条)をもって行政事件訴訟法一二条三項の解釈を抗告人に利益に解釈せんとする抗告人の見解は、独自の見解として採用の限りではない。

3  抗告人は、行政事件訴訟法一二条三項の「事案の処理に当たった下級行政機関」の解釈につき、相手方主張の実質的関与説に立ったとしても、本件処分が、裁量の余地のない羈束処分であることに鑑みれば、処分成立の要件となる諸事実を揃えること或いは処分の成立を前提として、関連する処分を促すような措置をとることが即ち、実質的関与に当たる旨主張する。

しかしながら、当該処分が羈束裁量であるかどうかは、あくまでも当該処分庁の裁量の幅に関する問題であって、下級行政機関が当該処分につきいかなる関与をしたかとは無関係であるから、抗告人の右主張は、この点において既に失当である。のみならず、一件記録によれば、本件処分に際し、本件届書が市町村長に提出され、これが相手方に進達された場合、相手方(社会保険業務センター)における処理手続は、

(一)  該当する障害基礎年金が支給停止となっていないこと、または支給停止となっている場合でも当該届出に関しての支給停止ではないことを確認する。

(二)  当該届出に記載されている年金についての支給状況を確認し、障害基礎年金の支給停止を開始する年月日を決定する。

(三)  支給停止期間内に、障害基礎年金が、全額支給停止となるのか又は一部支給停止となるのかの審査を行い、決定する。

(四)  当該支給停止に関するデータを機械入力する。

との手順で行われることが認められるが、右によれば、右一連の手続において、相手方には、処分をなすにつき裁量の余地がなお存するのであるから、下級行政機関が単に処分の要件となる諸事実を揃えたり、処分の成立を前提として、関連する処分を促すような措置をとったからといって、実質的な関与がなされたものとは認められない。

従って、抗告人の右主張は採用できない。

4  抗告人は、南社会保険事務所は、抗告人が併給調整の要件に該当するとの事実を確認し、その事実に基づいて本件届出が必要であると判断して本件届出をするよう指導したのであるから、事案の調査と意見の具申をしたというべきで、実質的な関与をした場合に該当する旨主張する。しかしながら右届出の結果、抗告人が相手方の本件処分を受けるに至ったとしても、元々抗告人は、先に認定したように(原判示)法律上届出義務を負っているものであるから、届出の指示が本件処分の成立に実質的に関与したものとは認められない。仮に抗告人の主張するように多少強力な指導があったとしても、右の判断の妨げとなるものではない。

以上の次第で、抗告人のこの点の主張も採用できない。

5  よって、本件を東京地方裁判所に移送することとした原決定は相当であり、本件抗告は理由がないから、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 笹本淳子 裁判官 横田勝年 裁判官 田中敦)

別紙抗告状

原決定の表示

主文

本件訴訟を東京地方裁判所に移送する。

抗告の趣旨

原決定を取り消す。

本件移送申立てを却下する。

との裁判を求める。

抗告の理由

一 原決定は、そもそも行政事件訴訟法一二条三項の解釈を誤った上、本件処分に至る諸手続きに関し恣意的な事実認定をし、抗告人主張の各機関が行政事件訴訟法一二条三項所定の下級行政機関に該当しないとして、本件訴訟を東京地方裁判所に移送するものであり、明らかに違法であるから、取り消されるべきである。

二 抗告の理由の詳細については、おって書面を提出する。

一九九三年八月二五日

右抗告人代理人弁護士 奥村回

同 橋本明夫

同 押野毅

名古屋高等裁判所金沢支部 御中

別紙準備書面(一)

第一 はじめに

原決定が、本件訴訟を金沢地方裁判所でなく、東京地方裁判所において審理すべしと結論付けたことは、抗告人(原告)の身体的・経済的状況に照らせば、権利の司法的救済を求めて提訴した抗告人に対して、裁判所が事実上裁判を拒否したに等しく、裁判所がその使命・任務を放棄したものと言えるのであって、その結論が極めて不当であることはだれの目にも明らかである。しかし、原決定にはこの結論の具体的妥当性の問題について顧慮した形跡すらなく、原決定はおよそ「裁判」というに値しないものである。

法理論的に見ても、本件では、行政事件訴訟法一二条三項(「事案の処理に当たった」)について、原審で抗告人(原告)側が主張したように、裁判を受ける権利(憲法三二条)の実質的保障の観点からの憲法適合的な解釈適用によって妥当な結論を導くことができるにも拘わらず、原決定はこの点について全く検討せず、相手方(被告)の主張を鵜呑みにし、裁判管轄の基本原則を無視し、立法趣旨を曲解した特異な狭隘な解釈(「実質的判断説」)を採用している点で、極めて不当である。

さらに、原決定は右の狭隘な解釈に基づく同条項の適用の場面においても、まず、本件処分が羈束的行政処分であることによる事案の特殊性を無視し、かつ、あてはめるべき事実関係について、本件処分に至る諸手続き(本件届書提出時の状況、各下級行政機関の関与の仕方等)について、相手方(被告)の主張を鵜呑みにして恣意的な事実認定を行った上で恣意的なあてはめを行っている点でも極めて不当である。

法令上の根拠・取っ掛かりがないときに結論の妥当性のみを求めるのは法律家でないが、法令上の根拠・取っ掛かりとなるものがあるにも拘わらず工夫を怠り結論の妥当性を求めないのは、より以上に法律家でない。そして、以下で詳述するように、本件では十分に法令上の根拠付が可能なのであるから、あるべき結論は明らかである。

以下、詳論する。

第二 抗告人(原告)の身体的・経済的状況と裁判を受ける権利(憲法三二条)

一 身体的状況

抗告人は、事故による左大腿切断、右下肢機能の著しい障害、糖尿病による視力障害(左目失明)を有し、現在、身体障害等級二級一三号に該当する障害基礎年金の受給権を持つ肢体障害者である(甲三《身体障害者手帳》)。そのため、抗告人は従来から主として車椅子を使用しており、移動そのものに多くの制約がある。特に、最近は糖尿病の合併症(網膜症、腎症、神経障害)等で体調は悪く、入退院を繰り返しており、本年(一九九三年)七月末の虫垂炎・腹膜炎での緊急入院・開腹手術以降は、従前よりもさらに入院頻度が高くなっている(甲五《診断書》、甲二八《診断書》、甲二九《報告書》)。従って、金沢市在住の抗告人としては東京地方裁判所に出向くこと自体極めて困難ないし不可能な身体的状況にある。体調が比較的良いときでも、休養の必要も考えると東京への日帰りなどは論外で、二泊三日程度のゆったりとした日程が必要になる。この点、金沢での審理であれば、抗告人にも出頭が十分可能となる。

二 経済的状況

抗告人は、本件併給調整処分及び内払調整処分により、生活保護を受けざるを得なくなり、現在も生活保護を受給している(甲四)。抗告人が、東京への旅費・宿泊費等を自ら負担することは、事実上不可能である。本件代理人はいずれも金沢市在住であるから、代理人が行く場合の旅費等についても全く同様の問題がある。この点、金沢での審理であれば、抗告人が過分な負担を強いられることはないのである。

三 抗告人(原告)の裁判を受ける権利の実質的保障の必要性

以上述べたことから明らかなように、本件審理を東京地方裁判所で行うことは、抗告人の身体的状況・経済的状況に照らせば、抗告人が審理に出廷できないということを意味すると同時に、代理人によるのも含めて、訴訟の維持遂行自体、事実上不可能に等しくなることを意味する。移送決定は本件訴訟の断念を抗告人に迫るものであり、実質的には裁判の拒否を意味する。

なお、右に関し、代理人出頭の可否云々の点は別としても、抗告人(原告)自身が審理に出廷できないということが、その裁判を受ける権利の実質的保障の観点から本質的に重要であることに注目すべきである。裁判は、当事者本人に出廷の機会が単に形式的建前上与えられればよいというものでは決してないのである。代理人は、法的・専門的立場からの代弁・助力はできても、本人の言葉は話せず、本人の目は持たず、本人の耳は持たないのである。自己の権利救済を求めて提訴した抗告人(原告)には、自らの権利救済のための審理手続きを見聞きし、発言し、裁判が公正に行われているか否かを自ら確認する必要があるのである。抗告人(原告)が出廷できず、相手方(被告)関係者がずらりと並ぶ法廷での裁判はそれ自体異常である。しかも傍聴席はと見れば、金沢での審理であれば本件に関心を持つ国民(抗告人や本件裁判を知る金沢近辺の住民)が多数傍聴に来て、本件裁判に対する国民の監視の目も行き届くはずなのに、東京での審理では事件を知る者がおらず傍聴席は空席ばかりとなるのは目に見えている。そのような状況下での裁判が、公正な公開裁判とは到底言えないのである。

憲法三二条は「何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない。」と規定し、憲法八二条一項は「裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ。」と規定している。原決定が本件を東京地裁に移送したことは、まさに、抗告人(原告)の公正な公開裁判を受ける権利を、裁判所がその使命を放棄しつつ、抗告人(原告)から奪ったことにほかならないのである。その結論の不当性は明らかである。

四 相手方(被告)の不当な意図とそれを是認する原決定の不当性

右で述べた原決定の結論の持つ意味、即ち抗告人に本件訴訟の断念を迫ることは、まさに相手方(被告)社会保険庁が本件移送申立において意図した結果にほかならないと言うべきである。

相手方(被告)は、各地で提起されている年金に関する処分についての行政訴訟において、応訴せず、まず東京への移送申立てをすることを基本方針としているが(公知の事実ないし裁判所に顕著な事実である《例えば、乙九号証の長崎地裁に提訴された事件》)、その意図するところは、実体審理を拒みつつ原告に対し訴訟遂行の断念を迫ること以外には考え難いのである。相手方(被告)の人的・物的な訴訟遂行能力からすれば、審理を東京でやろうと、地方でやろうと、全く支障はないのは明らかであるから(ちなみに、乙九号証は本年六月二一日の福岡高裁決定であるところ、本件訴訟の証拠として金沢地裁に提出されたのは、わずか数日後である。)、その他に理由は考え難いのである(あえて他にあるとすれば実体審理を先送りして訴訟の遅延化を図り訴訟の自然消滅を図る意図が考え得る。社会保障関係訴訟における各種の先例を想起すれば、遺憾ながら、このように言わざるを得ない。)。

このような相手方(被告)社会保険庁さらに言えば厚生省の基本的態度は何も本件のような訴訟の場に限ったものではなく、公的年金に関する行政事務一般において、社会保険事務所をはじめとして、主権者たる国民と接触する各場面において現れている。年金窓口での各種の相談や各種の届出の際に、主権者たる国民に対する行政サービスの担当者であることを忘れ、ただでさえわかりにくい年金問題について、真摯に説明することなく、まさに事務的処理がなされている。本件訴訟の発端となった窓口での不当な事務処理(必要な説明なしに本件届書《乙一》提出を強要したこと)はその一例に過ぎない。また、公的年金に関する処分についての行政不服審査の場面でも、都道府県の社会保険審査官(要するに厚生省の官僚である。)は、審査請求人に対し、まず審査請求の取り下げを求めることから仕事を開始するのが通例なのである。現に抗告人(原告)がその年金に関して最初に行った審査請求(甲二三、甲一二、《障害福祉年金関係》)の際に、石川県社会保険審査官は、抗告人(審査請求人)に対し、その取り下げを求めたのである(あろうことか、審査請求人が意見を述べる機会であるはずの口頭意見陳述の機会においてである《甲二二号証の五九〜六〇頁参照》。)。相手方(被告)社会保険庁・厚生省は、このように年金行政について「よらしむべし、知らしむべからず」という言わば為政者・御上としての基本的態度を一貫して採っており、その一環として、本件移送申立が行われていることに注目すべきである。

このような相手方(被告)の明白かつ不当な意図を是認して十分な審理もせずに東京地裁へ移送し、もって相手方(被告)による抗告人(原告)に対する裁判を受ける権利の侵害行為に加担した点でも、原決定の不当性は明らかである。

五 抗告人の不利益の無視の不当性

前述のように、驚くべきことに、原決定には、その東京地裁への移送という結論が抗告人にとって著しい不利益になるということのいわゆる「具体的妥当性」の問題について、顧慮・検討した形跡が全くないのである。原決定は抗告人の前述の身体的・経済的生活状況と移送による不利益について、認定評価すること自体全く怠っているのである。

裁判所は、刑事はともかく特に民事・行政事件については国民・住民がその権利実現・救済のために利用するシステムであり、言わば司法サービス提供の場でもある。そこにおいて、言わば窓口たる管轄の問題について利用者の便宜を全く検討の対象にすらしないで結論が出せると原決定(原審裁判所)が考えたとすると、それは根本的に誤っている。それは為政者・御上の発想である。もし原決定が抗告人の生活状況等の個別事情は本件管轄問題とは無関係な事実と見ているとすれば、それが間違っていることは明らかである。

おそらく、原審は、抗告人の不利益の問題に立ち入った場合に、それでも東京地裁に移送するという相手方(被告)の意図した結論を採って説得的に理由付けることが不可能だと判断し、まさに意図的にこの問題を無視ないし回避したのであろうが、その不当なことは言うまでもない。

第三 行訴法一二条三項、「事案の処理に当たった」の解釈の誤り

一 裁判管轄の基本原則と行政訴訟

1 裁判管轄の基本原則は、それが訴訟における当事者の対等性を確保するための一つの制度だということを踏まえて、この目的にかなうように運用されるべきことであり、行政訴訟においては特にこのような運用が尊重されねばならない。これが訴訟法における「裁判を受ける権利」の具体的保障であり、この保障は正常な裁判運営にとっても不可欠である。

2 行政訴訟における原告の立場は民事訴訟における被告の立場と同等であるということ

民事訴訟法一条は裁判所の管轄について「訴ハ被告ノ普通裁判籍所在地ノ裁判所ノ管轄ニ属ス」と定めている。この条項の主要な意義は「原告が訴訟において権利を主張するとしても、その存否は本来不明であり判決の確定をまってはじめて確定するものであるから、予め相当な準備をした上で提訴する原告は不意打ちされる被告と人的に関係のある地点の裁判所に出向いて争うべきものとするのが公平であるし、理由のない訴えによる被告の損害をできるだけ軽減し、また、被告の応訴の不能ないし困難を見越した濫訴を抑制するためにも適当であると考えられるからである」(新堂幸司・小島武司(編)・注釈民事訴訟法・一四六頁)とされている。すなわち、民事訴訟法一条は、原告と被告の対等性を確保するために被告の応訴の便宜を考慮して、訴訟を被告の所在地の裁判所の管轄とする民事訴訟の一般原則を定めているのである。

この点を行政訴訟についてみると、行政訴訟の原告は、行政庁の処分により一方的に権利義務関係を変動させられた者であり、このような相手方の攻撃に対して自己の権利を防衛するために訴訟の提起を余儀なくされた者である。従って、行政訴訟の原告は民事訴訟の場合の被告と同じ立場に立たされている。その上、三カ月以内に出訴しなければ権利を守れないので、「予め相当な準備をした上で提訴する」ことは不可能である。

従って、本来、行政訴訟の裁判管轄は可能な限り原告の所在地とすべきなのであって、みだりに被告行政庁の応訴の便宜だけが、配慮されてはならないのである。

二 行訴法一二条三項の立法趣旨と「事案の処理に当たった」の解釈・適用

1 裁判管轄の基本原則と制定経過を踏まえた解釈・適用の必要性

(一) 行訴法一二条一項と三項の意義と沿革

行訴法一二条一項の意義は、被告行政庁所在地の専属管轄を定めていた旧行政事件訴訟特例法四条の意義と同様、「(a)同一行政庁がした同種の処分または一連の上級下級行政庁のした処分に対する訴訟を同一の裁判所に判断させないと、訴訟の取扱いや判断が区々になるから適当でないこと……、(b)行政庁の応訴を容易にし審理の円滑を図ること」にあると考えられるが、「しかし、これは行政庁の便宜以外にはあまり意味がない」というのが一般的な評価である(南博方(編)・注釈行政事件訴訟法・一四二頁)。

他方、行訴法一二条三項は、従前、右行政事件特例法四条が定めていた右専属管轄の弊害を是正するべく設けられた規定である。

すなわち、そもそも、多くの処分につき処分庁はただ形式的に決裁を与えているというような事情が見られる上、強いて行政訴訟だから専属管轄でなければならないという理由がないにも拘わらず、専属管轄を維持すると、処分庁が東京所在の中央官庁とされる場合が多いため、行政訴訟が実際には東京近郊の国民・住民以外には多大の出費と労力なしには不可能となり、国民・住民が訴えを諦めざるを得ない事態が生じる。また、仮に、訴えを提起したとしても、現地が遠隔地である場合に費用の予納ができなくて当事者が検証を諦めたり、裁判所所在地の弁護士を復代理人として訴訟を進めざるを得ないので、訴訟が遅延する等の不都合が生じる等々、裁判所内部からの批判(行政裁判資料一九号参照)も含めて、多くの矛盾・批判が指摘された。

そのため、行訴法一二条三項によって、

① 全国の各地に居住している国民・個人が裁判によって自己の権利を実現するためには行政庁が集中している東京都を管轄する東京地方裁判所に裁判を提起することを余儀なくされるという不都合を改めて、国民・個人の裁判を受ける権利を保障し、裁判による権利の実現・救済を容易にし、

② さらに、「事案の処理に当たった下級行政機関」が存在する場合には、当該訴訟における証拠が当該下級行政機関の所在地に存在する蓋然性が極めて高いことから、訴訟の促進、訴訟経済面を考慮すること

を目的として、事案の処理に当たった下級行政機関の所在地の裁判所にも訴えを提起できることとしたものである。

(二) あるべき解釈・適用の方向

以上のような行訴法一二条一項と三項の意義・沿革と前記裁判管轄の基本原則からすれば、現行の行訴法の運用としては、一項が原則で三項が例外というような立法の形式(単に歴史的な意味しかない)にとらわれて被告行政庁の便宜を一方的に図るためのみに一二条一項を適用するようなことがあってはならないのである。すなわち、裁判所は、裁判資料の収集を迅速かつ的確に行うこと、原告と被告が対等の立場で主張・立証等の攻撃防御をなしうること、原告とその代理人と裁判所との意思疎通が支障なく行われうること、等の見通しがなければ一二条一項を適用してはならないのであって、むしろ一二条三項を適用することによってこれらの見通しがより確実になるのであれば、同条項を積極的に適用すべきなのである。これらの結果として、裁判所の審理の円滑な進行と裁判所による公正な判断が保障されるのである。「双方の利害の均衡を図ること」(原審被告第一準備書面六頁)とはまさにこのような意味に理解されねばならない。

このような点を本件についてみると、本件の抗告人(原告)その他の関係者・証人・証拠等は金沢市とその周辺に集中している。後に述べるように、社会保険庁長官の行った処理は形式的事務にすぎず、実質的な事務処理は石川県の段階で行われている。このような状況の下で、仮に本件が東京地裁に移送されるならば同地裁での審理は、裁判資料の収集、抗告人(原告)と相手方(被告)との対等の立場での主張・立証、抗告人(原告)らと裁判所との意思疎通などの点で、大きな支障をきたすことは明らかであって、裁判の円滑な進行は到底期待できない。全く合理性がないのである。それどころか、このような移送は、前述のように抗告人(原告)に訴訟の断念を強制するに等しいものである。一方、相手方(被告)社会保険庁長官は、金沢地裁で応訴することになんらの支障もない。裁判管轄の基本原則は訴訟における当事者の対等性の確保にあるという基本的立場から管轄の問題は決せられねばならないのであり、これが行訴法一二条三項制定の趣旨なのであるから、本件は、解釈論的に可能な限り、同条同項に基づいて処理されるべきものである。

2 憲法三二条の趣旨に適合した行訴法一二条三項の解釈・適用

(一) 裁判を受ける権利の保障(憲法三二条)の趣旨

日本国憲法下におけるすべての法規は、憲法適合的に解釈されるべきところ、行訴法一二条三項の解釈についても、憲法三二条の裁判を受ける権利の保障の趣旨に適合するように解釈する必要があるのは言うまでもない。

憲法三二条は、基本的人権の保障が画餅に帰してしまうことのないように、その侵害行為に対して訴訟による救済の手段を保障したものである。そのため、あらゆる基本的人権に対する侵害について、裁判所に対して、その主張の当否の判断を求め、かつ、その救済に必要な措置を求める権利を保障したものである。

しかも、その保障は、単なる形式的な訴権を保障するだけではなく、より実質的な訴権、有効な権利保護手段として現実に訴え出て攻撃防御を尽くすことのできる訴権を保障するものでなければならない。人権侵害に対しては、具体的に訴訟を提起・遂行して救済を求めることが保障される必要があるからである。そして、現実に裁判を受けるのには、相応の金と労力がかかる以上、それを用意・負担できない人間にとって、単に形式的に裁判を受ける権利を認めるだけでは、裁判を受ける権利を保障したことにはならないことは明らかである。いわゆる手続的デュー・プロセスの要請は、刑事訴訟のみならず同じく国家権力対個人の訴訟の場としての行政訴訟においてもあてはまるべきものであるところ、個人が有効な攻撃防御をなし得る場の提供は、裁判を受ける権利の保障の内実ないし当然の前提として保障されるべきものである。

ことに、本件のように憲法上のいわゆる社会権が争点となっている場合においては、右の実質的な訴権保障の必要性がより強いのである。すなわち、本件抗告人(原告)の場合もそうであるように、社会権に関する訴訟は、もとより資力に乏しく、多くは健康を害されている社会的弱者が、国家権力の一翼を担っている行政庁を相手として、その権利救済を求めるものである。しかも、抗告人(原告)の場合も含め、争点としては生活基盤そのものの存廃が問題となっているような事態が多いのである。そういう場合、資力はもとより裁判で要求されるような能力等すべての点において、行政庁との格差が著しい中で社会的弱者が対等に戦えるように裁判の場を提供し整える必要性は大きいのである。

さらに、平等原則(憲法一四条)は裁判を受ける権利の保障においてもあてはまるべきものであるから、裁判管轄において東京在住の者と地方在住の者との間に出訴の便宜上の著しい不均衡がある場合には、憲法三二条のみならず、憲法一四条違反の問題が生じると言うべきである。従って、裁判管轄に関する規定の解釈適用は憲法一四条にも適合するようになされるべきものである。

(二) 行訴法一二条三項の解釈・適用

以上によれば、行訴法一二条三項は、その立法趣旨・裁判管轄の基本原則と憲法に適合するために、可能な限り国民・個人の権利救済を容易にする方向で解釈されるべきものであり、同項の「事案の処理に当たった」とは、広く、国民との関係で窓口となって上級行政庁の処分手続きに関与したことで足りると解釈することで同項を広く適用できるようにすべきものである。

本件においては、本件処分の経過として、抗告人(原告)が住所変更届けのため出向いた金沢南社会保険事務所において併給状態が発見され、同所において国民年金受給権者支給停止事由該当届その他のものが作成されることから始まって、本件処分に至ったことは原決定や相手方(被告)においても認める通りであり、それは「下級行政機関」が本件処分に関与していることであり(後述するように、この関与そのものが十分に実質的な関与なのであるが)、国民の出訴を容易にする方向での解釈からすれば、既に、行訴法一二条三項に該当することは明らかであり、金沢地方裁判所に管轄が存するものである。

3 原決定の解釈(「実質的判断説」)の不当性(特異性)

(一) 原決定は、行訴法一二条三項の立法趣旨について、「行政処分については、法令上は上級機関においてその処分がなされるような形になっていても、実際にはその下級行政機関において実質的判断がなされるということはまれではない。行政事件訴訟法一二条三項は、右のような場合には、実質的判断を行う下級行政機関の所在地に管轄を認めても資料収集の便宜や円滑な審理の実現という点から行政庁としての対応に困ることはなく、他方、国民の側においてもその方が便利であることに鑑みて設けられた規定であると解される。」(原決定七丁裏)とし、「事案の処理に当たった」の解釈について、「したがって、同項の「事案の処理に当たった」というためには、当該行政機関がその行政処分について実質的な判断を行ったものであることが必要であり、単にいわゆる経由機関として申請書等の書類を受理して形式的な審査を行ったり、資料収集の補助を行っただけではこれに当たらないというべきである。」とする(以下、「実質的判断説」という。)。

(二) 右は同条同項の立法趣旨を曲解した極めて不当な解釈であるとともに、同条同項についての従来の判例の多くがとる解釈との対比においてもその適用範囲を極端に狭くする方向の特異な解釈であるとことにも注目すべきである。

まず、原決定は、取消訴訟の管轄について、要するに行政庁の便宜を第一とし、国民の便宜を行政庁の便宜に反しない限りの二次的なものとしか見ていない。しかし、このようなものの見方は、先に詳述した裁判管轄の基本原則に全く反する主客転倒した立法趣旨のとらえかたである。一二条一項(行政庁の便宜)が原則で三項(個人の便宜)が例外という立法形式は、前述したように単に歴史的意味しかなく、実際の適用場面としては三項が原則になるような解釈をとらなければ、行政訴訟・取消訴訟の提起を余儀なくされた国民・個人の裁判を受ける権利を実質的に平等に保障したことにはならず、憲法適合的な解釈には程遠いものになってしまうのである。

さらに、原決定の解釈は内容的に見ても、そのいうところの「実質的判断」とは一体どういう内容なのか、全く説明せずに用いている点でも不当というか奇妙ですらある。あるいは、原決定が八丁以下で、「………処分の成立に実質的に関与したものと解すべきであるとの原告の主張は採用できない。」(八丁表下五行目)とか、「これをもって右担当者が本件処分の成立につき、実質的な関与を行ったと認めることはできない。」(八丁裏下二行目)とかいう表現等からすると、相手方(被告)が主張し、また、従来の判例の多くが基準としている。「実質的関与」と同義的に用いているとも解し得るが、そのことについての説明は全くない。むしろ、文理上は、「実質的判断」と「実質的関与」とは明らかに異なり、かつ、「実質的判断」の方が、同条項の適用範囲が狭くなるニュアンスのものであり、前述の本来の立法趣旨とはより以上に反する方向のものであるが、そのような違った表現・基準をあえて用いることの理由が全く説明されていないのである。

また、原決定が前述のように「実質的判断を行う下級行政機関の所在地に管轄を認めても資料収集の便宜や円滑な審理の実現という点から行政庁としての対応に困ることはな」いということも、何ゆえ、「実質的判断」の有無で行政庁の対応の難易に違いが出てくるのか、全く理由が示されておらず、要するに理屈になっていない。そもそも、今日、人的物的に絶大な能力を有する中央の行政庁が「対応に困る」ことなどという事態はおよそ考えられないのであり、行政庁の対応の難易が基準になり得ると考えること自体、時代錯誤である。

そもそも、文理解釈の原則論からしても、一二条三項の「当該処分(又は裁決)に関し事案の処理に当たった」ということから「当該処分について実質的判断を行った」という限定付けを導き出すのは、極端に言って無理があるのである。

以上によれば、原決定の前記解釈の誤りは明白である。

なお、原決定の表現上は、判然としないが、以下では、原決定の採る「実質的判断説」というものは、いわゆる実質的関与説(相手方《被告》のとる説)を基本としつつ、ニュアンスとして一二条三項の適用範囲を狭くする方向で「実質的関与」を「実質的判断」と言い換えた説として理解し用いる。

第四 恣意的な事実認定(不作為を含む)の不当性と、「実質的判断説」適用の際の誤りについて

一 抗告人(原告)の身体的・経済的状況について認定していないこと(不作為)の不当性

原決定は、前記実質的判断説に立ち、行政庁の便宜を第一と考えるため、本件管轄について検討するに際して、各下級行政機関の実質的判断ないし実質的関与の有無のみを検討し、本来第一次的に考慮すべき国民たる抗告人(原告)の利益状況については前述のように認定評価すら全くなしていない。むしろ、実質的判断説に立つがために、抗告人の利益状況について検討する場がなくなってしまっているのである。これこそ、原決定の立つ実質的判断説そのものの不当性・誤りを如実に示すものと言える。もちろん、抗告人(原告)の利益状況について認定評価すらしないことが著しく不当であることは、既に詳論したとおりである。

二 本件処分に至る経緯についての認定評価の不当性

原決定は、「一 本件処分に至る経緯」(二丁表)において、「原告は、平成二年三月六日、金沢南社会保険事務所を訪れたところ、同所の窓口業務の担当者によって原告の国民年金法による障害基礎年金と厚生年金保険法による通算老齢年金の併給状態が発見され、同担当者の指導のもとに、右併給状態を理由とする併給停止届書(以下「本件届書」という。)等を同社会保険事務所へ提出した。」と認定し、しかも、「(以上の事実は、本件記録上明らかである。)(二丁裏)とする。また、それを受けて、「前記のとおり、原告は南社会保険事務所の窓口担当者の指導のもとに障害基礎年金と厚生通老の併給状態を理由とする本件届書等を同事務所に提出したものであるが、法令上、併給停止届書は市町村長へ提出することとされているものであって、同事務所がこれを受け付けて金沢市長へ回付したことは、単に提出者の便宜を図るための措置として行ったものにすぎず」(八丁裏)と認定している。

しかし、本件届書等が提出された際の事実関係は、決して窓口担当者が抗告人(原告)を「指導」してくれたおかげで本件届書等を抗告人が自ら提出したと言えるようなものではなく、しかも社会保険事務所が抗告人(原告)の「便宜を図るため」に金沢市長に本件届書等を回付したものでは決してないのである。

実際の事実関係は、抗告人(原告)がたまたま転居に伴う住所変更の届出をするために社会保険事務所に出向いたところ、窓口担当者が併給状態・過払いの事実を発見し、本件届出等について、抗告人に対しそれぞれどういう書類かを十分に説明することもなく、有無を言わせずにそれぞれ署名押印の形式を整えさせて提出を強要したものである。(一部は、抗告人の自筆でなく、窓口担当者の代筆である《偽造とも評価し得る》。)。抗告人本人もその場にいた妻も訳が分からず、突然、併給受給が認められない、過払い分を返還しなければならないとか言われて、途方に暮れている中で署名押印・提出の形式が作出されたのであって、任意に自ら提出したものではない。用語法としても、「指導」という言葉は、「教え導くこと」であり、指導を受ける者の利益のために適切な導き方が取られてはじめて指導といえるのであり、本件事実関係について「指導」がなされたと表現する感覚は異常としか評価し得ないものである。

また、社会保険事務所が本件届書をわざわざ「受け付け」て金沢市長に「回付」したというその目的は、事の実態を素直にとらえれば、本件処分等の事務処理をなすために専ら社会保険事務所の上級機関である社会保険庁の便宜のためになされたものであることは、明らかであり、これを抗告人(原告)の便宜のためと言うのは、全く逆であり、極めて不当である。

さらに、右事実関係については、元来、抗告人(原告)側と相手方(被告)側との間で争いがあったところ(例えば、乙八号証《裁決書》一一頁の再審査請求人(原告)の主張と一五頁の保険者(被告)の主張とを参照)、抗告人側が原審において右事実関係とその問題性を主張し、その立証のためにも原告本人尋問を請求(証拠保全申立て)しているにもかかわらず、原決定は、何らの審理・証拠調べもせずに、一方的に相手方(被告)のいう法令上の建前論に安易に依拠して前述の認定に至っているもので、その点でも恣意的な認定手法と言うべきである。

原決定は、以上で述べたように、本件処分の重要な契機・むしろ不可欠の前提である本件届書提出の際の事実関係を誤って(あるいは恣意的に)認定評価したことの結果として、後述のように金沢南社会保険事務所の実質的関与を否定しているのであり、右認定評価の誤りの持つ意味は重大であることに注目すべきである。

なお、各下級行政機関の事務処理内容・実質的関与の有無に関する事実認定・評価の問題点については、後に個別に述べる。

三 本件処分の行政行為としての特殊性を無視していることの不当性=本件処分が羈束的行政処分であることの考慮の必要性

1 抗告人(原告)は、原審の移送申立に対する準備書面(二)八頁以下において、行訴法一二条三項について、仮に相手方(被告)のとる解釈(実質的関与説)に立つとした場合でも、本件処分が羈束的行政処分であることに鑑みれば、やはり本件管轄が金沢地裁にあると解すべきことを論証している。以下に再掲する。

(一) 行訴法一二条三項にいう「事案の処理に当たった」の解釈

相手方(被告)の「移送申立書」は、行訴法一二条三項の「事案の処理に当たった」という文言を「事案の調査を行い、上級行政庁が処分をするに際して、事案の調査に基づいて意見を具申するなど、実質的に処分の成立に関与することを意味する」と解している。仮に、このように解釈するとしても、南社会保険事務所と北社会保険事務所とは、「事案の処理に当たった下級行政機関」に該当するといわねばならない。

(二) 羈束的行政処分における「下級行政機関の処分成立への実質的関与」とは

相手方(被告)は、国民年金法(以下「国年法」と略す。)三六条の二第一項と第四項の規定により、抗告人(原告)が支給を受けている障害年金を過去五年分さかのぼって一部支給停止とする処分をした。相手方(被告)によれば、この処分にあたって社会保険庁長官(社会保険業務センター)が判断する事項は、「障害基礎年金の支給停止を開始する年月日」と「全額停止となるのか又は一部停止となるのか」だけである(被告・第一準備書面一七頁)。相手方(被告)のいうとおりであるとすれば、これらの判断には裁量の余地はないので、本件処分は学問上羈束行為もしくは羈束的行政処分と呼ばれるものだということになろう(田中二郎・新版行政法上巻・全訂第二版・一一六頁参照)。このような処分は、法の執行に止まるものであるから、処分に際しての判断を左右するような「意見の具申」という行為が行われる余地は存在しない。「意見の具申」といった行為は、本来裁量処分にのみ当てはまるのである。仮に、本件のような羈束的行政処分についてこれに当たるものを求めるとすれば、それは、処分成立の要件となる諸事実を揃えることあるいは処分の成立を前提として関連する処分を促すような措置をとることであろう。本件の場合、このような行為あるいは措置が、処分の成立への関与たる「意見の具申」に当たると解される。

本件においては、後にみるように、金沢南社会保険事務所(以下、「南社会保険事務所」と略す。)もしくは金沢市長、石川県知事(金沢北社会保険事務所(以下、「北社会保険事務所」と略す。))という下級行政機関が、独自の判断で資料を収集し、意見の具申と同等の行為をするなど、積極的・実質的に処分の成立に関与している。よって、これらの機関が行訴法一二条三項にいう「事案の処理に当たった下級行政機関」にあたることは明らかである。

2 ところが、原決定は、前述のような実質的判断説をとった上で、「このこと(実質的判断を要すること)は、行政庁に処分について効果裁量が認められていない場合であっても、別異に解すべき理由はないから、右の場合には処分成立の要件となる諸事実を揃えること又は処分の成立を前提として関連する処分を促す措置をとることをもって処分の成立に実質的に関与したものと解すべきであるとの原告の主張は採用できない。」(八丁表)という。

右引用で明らかなように、全く驚くべきことには、原決定が本件のような羈束的行政処分についても「実質的判断」を要求する理由は、「別異に解すべき理由はない」という一言だけであり、何故別異に解すべき理由がないのかの説明が全くなされていないのである。前述のように、原決定がとる実質的判断説自体の内容が不明確でかつ理由付けが希薄であることからすると、何故ここで別異に解すべき理由がないのか全く不明なのである。結局、原決定が考慮しているのは、相手方(被告)社会保険庁=厚生省=国に迎合する結論は何かということだけなのだと解さざるを得ないのである。

四 各行政機関についての認定評価の不当性

1 金沢南社会保険事務所について

(一) 原決定の、本件届書等の同事務所への提出の際の事実関係についての認定(窓口担当者の指導によって抗告人が本件届書等を任意に提出し、同事務所が抗告人の便宜のためにこれを受け付けて金沢市長に回付したとの認定)の不当性については前述したとおりである。

なお、原決定は「南社会保険事務所の窓口担当者が本件届書の提出等の指導を行ったとしても、それは本件処分そのものに関与したというのではなく、その前提となる原告の行為についてのものであり、これをもって右担当者が本件処分の成立につき、実質的な関与を行ったと認めることはできない。」(八丁裏)とする。しかし、前述した本件の本来の事実関係からすれば、窓口担当者が、社会保険庁のために、本件処分という目標に向けて不可欠の前提となる抗告人(原告)による届出という「形式」を権力的・強制的に作出したものであるから、本件処分の成立に向けた相手方(被告)側関係者の行為とは別物の「原告の行為」なるものを独立して観念する余地はないと言うべきである。

(二) 原決定は基本的には、原審における相手方(被告)の主張を鵜呑みにしているので、以下では、相手方(被告)の主張の不当性について、原審の「移送申立に対する準備書面(二)」一〇頁以下の該当部分を概ね再掲する(適宜付加修正)。

(1) はじめに

相手方(被告)は、本件届書について「原告が本来金沢市長に対して提出すべきところ、金沢南社会保険事務所……へ提出されたので、行政サービスの一環として本件届書を預かり、これを単に金沢市長へ回送したにすぎないのである」(被告・第一準備書面九頁)などと、抗告人(原告)が偶然に本件届書を金沢南社会保険事務所に提出し、同社会保険事務所が本来の業務でないにもかかわらず善意で処理したかのように主張している。しかし、第一に、本件届書に社会保険事務所の受付印欄があること、第二に、社会保険業務センター自身が、「申出書」類を社会保険事務所に提出するよう指示していること(甲二一《社会保険業務センター監修・厚生年金保険国民年金の併給調整三頁》)からも明らかなように、本件のような受付行為は社会保険事務所で行われることが制度上及び実務上当然の前提にされているのである。この点からしても、相手方(被告)の主張は、自らの運営する制度及び実務を故意に歪曲し隠ぺいしようとする強弁以外の何者でもなく、失当である。

そして、以下に述べるとおり、南社会保険事務所は、意見の具申と同等の行為を行うことにより処分の成立に関与しているので、「事案の処理に当たった機関」に該当するといわねばならない。

(2) 南社会保険事務所の行為の性質

第一に、南社会保険事務所は、抗告人(原告)が併給調整の要件に該当することを確認の上、社会保険庁長官に対して本件処分を促すために、抗告人(原告)に本件該当届(乙一号証)を提出させたのであるから、このような行為が、事案の調査と意見の具申に当たることは明らかである。抗告人(原告)は、本件届書を提出する際に、十分な説明を受けることなく、そして届書の意味を理解する間もなく、前述のように窓口の担当者から半ば脅迫され精神的に混乱させられた状態でこれを提出した、というのが実情である。決して、任意に提出したわけではない。このような届書の作成と提出の在り方は、その場で処分が成立するとの確信が担当者になければできないことである。このような関与の仕方は、処分庁への意見の具申以外の何者でもない。

しかも、この場合、第一に、それまで長年発見されなかった過払いをその場で発見しそれを指摘し、本件届書等の提出を求める行為は、事実を確認しその事実に法を適用し判断するという内容であるとともに、本件処分の不可欠の前提であり、相手方(被告)側が本件処分をなす際に決定的に重要な行為であったことが指摘できる。第二に、もし仮に抗告人(原告)がその場で本件届書の提出を拒んでいれば(あるいは提出を強要されず拒むことができたならば)、本件に関する相手方(被告)側の処分は当然のことながら本件処分自体とは別の過程を経て、本件処分日時とは別の日時形式でなされていたはずのものであり、そのようにはさせず、有無を言わせず本件届書提出を抗告人(原告)に強要したのは、まさに金沢南社会保険事務所(その窓口担当者)がその判断に基づいてなしたことなのである。

なお、相手方(被告)は「窓口業務を行う現場に、当該届書等の提出を求めるという判断に関し、裁量の余地は与えられていない」(前掲一六頁)と主張するので、この点について付け加える。たとえ提出を求めることに裁量の余地がないとしても半ば脅迫的に強制して届書を提出させることはできないはずである。提出を求めるのであれば、これまで併給を認定してきた窓口業務の対応の真偽について調査し、これまでの対応が誤っていたのであればこれを訂正し、さらに併給についての法規定や本人の併給の状況等を本人に説明したうえで、本人が進んで届書を提出するよう説得すべきだったはずである。このような手順をいっさい踏むことなく、別の用件で訪れた抗告人(原告)をつかまえて、その場でいきなり届書に記名押印させあるいは本人の知らないところで届書を作成した行為は、とうてい「行政サービスの一環」などと呼びうるものではなく、権限を逸脱した違法な行為に他ならない。このような行為があったからこそ本件処分は行われたのである。社会保険庁長官からなんの指示もないにもかかわらず、社会保険事務所の窓口担当者があえてこのような行為を行ったという事実は、社会保険事務所が処分の成立に積極的に関与したことを示すものでなくて何であろうか。相手方(被告)は「本件処分は、あくまでも金沢市長が本件届書を受理したことを端緒として行われているのである」(被告・第一準備書面九頁)として、南社会保険事務所の関与を無視しようとするが、受理の主体が市長であるか否かにかかわらず、右のような行為が社会保険事務所という公の組織を通じて行われた結果、金沢市長が本件届書を受理し、処分が行われたのであるから、金沢地裁の管轄地において処分の成立について積極的な関与があったことは明白な事実である。

(3) 南社会保険事務所の行為が独自の判断で行われたこと

加えて、このような行為は、処分行政庁を補助するために行われたのではなく、独自の判断で行われたのである。以下、この点を具体的に述べる。

社会保険業務センターは、一九八八年一〇月以降その事務処理をオンライン化した。これにともなって、本件処分当時も現在も、たとえば障害基礎年金と老齢基礎年金とを併給している者の検索を行い、該当者に対して併給調整処分を行うことができる状態になっている。にもかかわらず、社会保険センターはこのような処理を行わず、放置したまま今日に至っている(甲二二号証《社会保険審査会の審理調書》等参照)。法律の適正な執行ということであれば、社会保険庁長官(社会保険業務センター)は率先してこの点の調査を行い、該当者に対して届書を提出するよう通知を出すべきだったはずである。そしてそれは行おうとすれば可能なことだったはずである。しかし、行われなかった。このような状況の下で、本件届書は社会保険庁長官のイニシアチブではなく、社会保険事務所のイニシアチブで作成され、金沢市と石川県の段階で必要な事項がそろえられ、点検・確認され、これらの結果として本件処分が下されたのである。このような社会保険事務所等の行為が処分成立への積極的関与でなくて何であろうか。

(4) 「内払調整額変更申出書」を添えさせた行為

第三に、南保険事務所は、本件届書と合わせて、本件処分が成立することを前提として、抗告人(原告)の混乱に乗じて「内払調整額変更申出書」(甲六号証)を添えさせ、これを社会保険庁長官宛に送達した。このような行為も、本件届書に加えて本件処分の成立を促すものであるから、実質上「意見を具申する」行為にあたり、処分の成立に関与したものと言わざるをえない。

(5) まとめ

以上のように、南社会保険事務所が独自の判断で成立に必要な資料を収集し、意見の具申と同等の行為をするなど、積極的・実質的に処分の成立に関与したことは明らかである。仮に、本件届書等の提出が南保険事務所の脅迫的行為によるものでなく、抗告人(原告)が任意に従ったものであったとしても、南社会保険事務所は、「社会保険庁とオンライン化されているコンピュータ」を用いて、該当する障害基礎年金が支給停止となっていないことを確認したはずである(甲二一《社会保険業務センター監修・厚生年金保険国民年金の併給調整三頁》)。つまり、南社会保険事務所は、社会保険庁長官が行うべき事務をすでに行っていたことになるのである。この点からしても、南社会保険事務所が「行政サービスの一環として本件届書を預かり、これを単に金沢市長へ回送したにすぎない」(被告・第一準備書面九頁)などとはとうていいえず、処分成立への実質的関与があったことは明白である。

2 金沢市長について

金沢市長は、本件届書等の受理に至る行為について南社会保険事務所と制度上一体であるので、以上のとおり、処分の成立に実質的に関与したことは明らかである。

しかし、相手方(被告)は、国民年金法施行令(以下「国年令」と略す。)二条六号等(乙三号証参照)に規定されている市町村長の「審査」を「提出された届書等に記載されている事項と、その裏付けとなる書類等との突き合わせを行う「単なる事実上の確認行為」にすぎない」(被告・第一準備書面一一頁)と矮小化し、市長の関与をことさら軽視しようとするので、この点について述べる。前述のように、本件処分のような羈束行為においては下級行政機関が処分成立に必要な書類を独自の判断で取り揃えることは、処分成立への関与そのものであるといわねばならない。国年令二条六号等に規定されている「審査」という文言は、素直に読めば、処分成立に必要な事項が市町村長において揃っているか否かの判断を求めるものと解されるのであって、それゆえ、その審査が不十分な場合には準則二六条(乙四号証参照)によって市町村長は再び処分成立に必要な事項を取り揃えるよう義務づけられているのであるし、あるいは準則二七条によって提出者に再提出させる権限が与えられているのである。このように独自の判断に基づいて書類を取り揃えたり、その再提出や補正を提出者に行わせるという事務は、単なる経由機関がなしうることではなく、処分の成立の絶対的な条件としてその成立を支えるために行われているのであるから、処分成立への実質的な関与に他ならない。「経由機関としての必要不可欠な業務であるが、少なくとも、実質的に処分の成立に関与したといえる程度には至っていないものである」(被告・第一準備書面一三頁)という被告の主張は、市長において行われる事務の重大性を認めながら問題の程度を小さく見せようとする詭弁である。

ところが、原決定は、相手方(被告)が市町村長の事務処理内容をことさらに狭隘化しようとする主張を、理由も示さずに基本的にそのまま採用してしまっており、極めて不当である。

3 石川県知事(北社会保険事務所)について

相手方(被告)は、石川県知事(北社会保険事務所)の事務を「記載漏れ、誤記等の存否等の形式的・確認的なものに限られている」(被告・第一準備書面一四頁)と主張し、石川県知事(北社会保険事務所)の処分成立への実質的関与を否定するので、この点について述べる。

北社会保険事務所も、本件のような事案において国民年金法上で調査を担当する機関に当たるので、「事案の処理に当たった機関」に該当するといわねばならない。すなわち、同法一〇六条ないし一〇八条によれば、社会保険庁長官又は都道府県知事は、必要に応じて調査を行うものとされているが、本件のような事案において社会保険庁長官が直接調査することはあり得ないはずである。現に、併給の期間と金額についての調査と確認は処分にあたって必要とされる事項であるが、社会保険庁長官(社会保険業務センター)はこれらの調査と確認を行うことができず、石川県知事だけがこれらを行いえたのである(甲一七号証の三《照会請求書に対する社会保険業務センター業務部長の回答》、甲一六号証の二《石川県厚生部国民年金課長の回答》、甲二二号証《社会保険審査会の審理調書》)。従って、石川県知事(北社会保険事務所)は、本件処分に関する調査を行う法令上の権限をもっており、社会保険庁長官がなしえない事務処理を行っている以上、単なる通過機関とはいえないのである。また、今後、本件処分に関して調査の必要が生じたときは、北社会保険事務所が担当することになるのであるから、本件が、金沢地方裁判所の管轄に属することは、裁判実務上も不可欠である。

また、相手方(被告)は「返戻」という事務処理について、「実質的に処分の決定に関与するものではなく、かつ、本件は「返戻」された事例ではないのであり、原告の主張は失当である」と主張するので、この点について付け加える。

行訴法一二条三項の解釈に関連して述べたように、本件のような事案においては処分成立の要件となる諸事実を揃えることが、処分成立への実質的な関与となる。たとえ現実に「返戻」のような行為がなかったとしても、石川県知事(北社会保険事務所)は、このような権限を背景として処分成立の要件となる諸事実を取り揃え、処分成立のためにはそれらで十分足りると判断した上で社会保険庁長官宛に送達したのであるから、処分成立に実質的に関与したことは明白である。

ところが、現決定は、右に述べた抗告人の主張に何ら反論することもできないままに、安易に、石川県知事の実質的関与を否定している点で不当である。

4 社会保険庁長官(社会保険業務センター)の事務処理内容について

相手方(被告)は社会保険庁長官(社会保険業務センター)の事務を以下のように示した(原審・被告第一準備書面一七頁)。

(一) 該当する基礎年金は、支給停止となっていないこと、又は支給停止となっている場合でも、当該届書に関しての支給停止ではないことを確認する。

(二) 届書に記載されている(政令で定められている)年金についての支給状況を確認し、障害基礎年金の支給停止を開始する年月日を決定する。

(三) 支給停止期間内に、障害基礎年金は、全額支給停止となるのか又は一部停止となるのかの審査を行う。

(四) 当該支給停止に関するデータを機械入力する。

右(一)の事務処理は社会保険事務所で行いうるし現に行っていることであるから、最終確認であるに過ぎない。無論、判断ではない。(二)は支給停止を開始する年月日に関する判断であるが、この年月日は事務処理上の都合で機械的に確定するはずである。(三)は全額支給停止となるのか又は一部停止となるのかについての判断であるが、これは、国年法三六条の二第四項にいう「超える部分」があるか否かの認定であり、これも機械的に確定する。(四)は単なる事実行為である。

このように、相手方(被告)の行為を少しでも検討するならば、相手方(被告)が行ったのは確認的な行為にすぎないこと、及び、障害基礎年金の支給停止は相手方(被告)の判断を待たずに確定し、相手方(被告)は単に事後的に停止年月日と停止部分とを機械的に処理しているに過ぎないことが、明らかとなる。従って、社会保険庁長官(社会保険業務センター)は実質的判断を全く行っておらず、石川県知事までの段階で実質的な事務は終了しているのである。この点をみても、「本件処分は、実際には金沢北社会保険事務所までの段階において調査・確定した判断が社会保険業務センターに送付された結果、事務処理の最終的な形式として、被告社会保険庁長官の名目で下されたに過ぎないものである」という原告の主張の正当性は明白である。

右の立論は、前述のように、相手方(被告)の事務処理についての相手方(被告)自らが主張する事実を前提としてのものである。そうであるにもかかわらず、原決定が「これを認めるに足る資料はない。」(九丁裏下一行)と述べているのは、全く理解に苦しむと言わざるを得ないのである。

第五 本件処分に密接に関連する事項に関する事務処理について

本件では、上述したように本件処分のみについて考察しても金沢市所在の下級行政機関が事案の処理に当たっているのみならず、以下に見るように本件処分に密接に関連する事項に関する事務処理の多くを、やはり金沢市所在の下級行政機関が担当していることにも注目すべきである。

一 まず、本件処分(遡って併給調整するという処分)の前提となった年金の過払い事務つまり年金の抗告人(原告)への支払い事務は、制度改定前の一九八六年四月から一九八八年七月分までは石川県(厚生部国民年金課)が担当していたのであり、この間の支払状況については社会保険庁は資料すら有していないのである(この点は原告代理人からの照会に対し、同課がその旨の文書回答をしているのみならず、被告側も認める旨の文書回答をしている《甲一六号証の一ないし三、甲一七号証の一ないし三》)。

また、この間の右支払い事務に関連し、障害基礎年金受給者に対して他年金受給の有無の回答を求めて送付された「公的年金受給申立書」の取扱事務はやはり石川県(厚生部国民年金課)が行っていたのであり、関係資料は現在も国民年金課が把握しており、被告は直接には把握していないのである(甲一八号証の一、二)。

本件処分がまさに本件処分として四年間の併給継続の後の一九九〇年六月にようやくなされたのは、それ以前に右国民年金課が本件併給を是認するという事務処理をし続けたことに起因するのであり、本件処分は同課の併給支給処分をその当時に遡って取消すという実質を有する。即ち、本件処分は、一応、ひとつの処分ではあるが、ことの性質上当然に、併給してきた処分を前提とするものであり、抗告人(原告)にとっては実質上一体の処分に外ならない。よって、その意味では右国民年金課が本件事案の処理に当たっていたと言うことができるものである。

また、右期間(一九八六年四月から一九八八年七月分)内の過払いは右国民年金課がその責任において行っていたものであり、もし、右期間内に同課が過払いを発見していれば、同課が併給支払いを中止したはずであり(その処分は、形式的主体はともかく実質的判断主体は同課ということになる。)、その処分の取消を求める訴訟が提起された場合に、同課が行訴法一二条三項の「事案の処理に当たった」下級行政機関であったことは明らかである。相手方(被告)側が一方的に制度を改定したために同一内容の処分(支給停止される対象には変更がない)についての取消訴訟の管轄が変わるということがあればそれは全く奇妙である。

二 本件処分の直接の契機となった一九九〇年三月の金沢南社会保険事務所窓口での過払い発見時に、抗告人(原告)は、国民年金障害福祉年金(法改正により本件処分の対象である国民年金障害基礎年金に裁定替されている《乙八号証・裁決書・三頁参照》。)の過払いについても同時に発見され、本件と同様にその場で福祉年金支給停止関係届を提出させられ、それにもとづいて、同年金の一部支給停止処分がなされているが、その処分は石川県知事がなしているのである。

つまり、抗告人(原告)は障害福祉年金当時から継続して年金を併給受給しており(障害福祉年金が障害基礎年金に裁定替されても併給受給し続け)、その後に過払いが発見されて、一部支給停止処分がなされたわけであるが、途中にたまたま法改正があったために、法形式上はそれぞれの年金についての二つの一部支給停止処分が別の処分主体によってなされたのである。従って、本件に関する実質的な処分は本来は一つに過ぎないとも言えるのである。その意味では、石川県知事は、抗告人(原告)の年金の支給停止に関する全体として一つの処分の重要な一部を分担しているのである。

なお、障害福祉年金にしても障害基礎年金にしても、その年金支給の基礎となる障害の認定については、石川県知事が担当していること言うまでもないことである。

三 更に、本件併給調整処分の後、相手方(被告)は抗告人(原告)に対し、現在まで、過払い金の返納を請求し続けて来ている。本件処分と返納請求(処分)とは、実質的に見れば不可分一体のものである。

しかも、この返納請求については、本訴提起前、抗告人(原告)代理人において、社会保険審査会の裁決中にある「社会保険庁長官と隔意なく相談することを希望する。」に従い、社会保険庁へ出向いて相談した際、相手方(被告)社会保険庁は、この返納金については、一九九二年一〇月一日以降、金沢北社会保険事務所が債権管理、返納請求業務を行うので、社会保険庁そのものは関与しない、つまり抗告人(原告)の交渉相手は相手方(被告)社会保険庁ではなく金沢北社会保険事務所であると主張していた。そして、現に、一九九二年一〇月一日以降、金沢北社会保険事務所が同業務を取り扱い、抗告人(原告)は同事務所を交渉相手としているものである(甲一九号証の一、二)。

四 このように本件処分と不可分一体の各処分等は、本件訴訟を審理する上で、全体としてひとつの処分とも言うべき形で、密接に関連しており、そのいずれの場合においても、金沢市所在の各機関が実質的な事務処理を行っているものである。

よって、本件処分につき、「事案の処理に当たった」機関は、本件処分を全体的・総合的に見ても、あるいはそのもの自体を見ても、いずれにせよ金沢市所在の機関が、その処理に当たっているのであり、本件は、金沢地方裁判所で処理されるべきものである。

第六 審理の実質的便宜の観点(本件証拠関係上、金沢地方裁判所での審理が必要であること)

一 以上で述べたように、行訴法一二条三項の解釈論からして本件訴訟の管轄が金沢地方裁判所にあることは明らかであるが、以上に見るように、実質論としても、本件訴訟の審理で検討が必要な主要な証拠特に人証の所在場所は金沢市近辺に集中しており、訴訟進行の実際の便宜上も、本件訴訟は金沢地方裁判所で審理することが必要であると言うべきである。

なお、前述した行訴法一二条三項の制定理由の「当該訴訟における証拠が当該下級行政機関の所在地に存する蓋然性が極めて高いことから、訴訟の促進、訴訟経済面」に資するとの点が、後述の通り、本件でもそのまま当て嵌まるのであり、本件につき、行訴法一二条三項が適用されるべきことが一層、明確となるものである。

二 本件訴訟は、相手方(被告)が抗告人(原告)に対してなした国民年金障害基礎年金一部支給停止処分(以下では「併給調整処分」という)の取消を求める訴訟であり、本件訴訟の法的争点は、併給調整処分の根拠規定の違憲性(法令違憲)、及び、抗告人(原告)について遡って併給調整することの違憲性(適用違憲)である。そして、右各争点について裁判所が判断するためには、その前提作業として、抗告人(原告)が訴状においてもすでに概括的に主張している以下に見る各種の事実関係について証拠に基づく事実認定をする必要があるが、その証拠の大部分は金沢市近辺にあるのである。

即ち、第一に、本件併給調整処分の違憲性のうち生存権・幸福追求権侵害の論点について裁判所が判断するためには、抗告人(原告)の過去から現在に至るまでの具体的な生活状況を併給の前後を通して詳細に認定する必要があるのは言うまでもない。

その際には、単に抗告人(原告)の経済生活の面のみならず、公的年金で生活する場合との対比において、生活保護を受給することがいかに原告にとって不利益であるかを具体的・詳細に認定することが不可欠となる。すなわち、現行制度の建前はともかくとしても、福祉実務の運用実態は、生活保護の要件を異常に厳しく捉えており(例えば、秋田生活保護費貯蓄訴訟の秋田地裁平成五年四月二三日判決《判タ八一六号一七四頁》の事案参照)、まず開始の時点において生活保護をなるべく付与しないようにと厳しく調査(例えば資産・貯蓄等の有無程度について親族も含め厳しく調査する等)するのみならず、一旦生活保護を付与しても、各種の機会をとらえて対象者に減額ないし打ち切りの要件がないかに目を光らせ、対象者に生活上の各種の不便・プライヴァシーの侵害等を強いているのである。抗告人(原告)の場合も、例外ではなく、金沢福祉事務所関係者との接触の中で、各種の不利益を受けて来たのである。例えば、抗告人(原告)も、受給の際の調査によって各種の不利益を受けたのはもちろん、以前には、移動のための必需品であった自動車の保有を理由に一時期生活保護を打ち切られたことがあるのである。

そして、右事実関係を明らかにするためには、言うまでもなく、その最良の証拠は金沢市に住む抗告人(原告)本人であり、また、親族、知人その他の証拠(例えば抗告人(原告)の生活保護の受給状況に関する証拠は人証(金沢福祉事務所関係者)を含め金沢市に存在する。)も金沢市近辺にあるのは明らかである。

第二に、金沢南社会保険事務所等の、年金関係で抗告人(原告)と直接に接触した行政窓口(金沢市にある)での抗告人(原告)への対応状況を過去から現在に至るまで詳細に認定する必要がある。

この点については、本件処分の直接の契機となった、一九九〇年三月に抗告人(原告)が住所変更手続きの際に、窓口で「過払い」が指摘(発見)され各種の届出を提出させられた際の事実関係及びそれ以降の事実関係が重要であるのはもちろんのこと、それ以前の、年金の併給開始から併給継続中の事実関係(例えば、一九八六年四月に抗告人(原告)が併給受給が可能か否かを窓口で問い合わせ確認した際の事実関係)も、それが行政の禁反言の原則違反ないし適正手続きの保障違反の論点(訴状第三、二6)について裁判所が判断するために重要である。そしてその関係証拠は人(金沢南社会保険事務所の窓口担当者等)も物も金沢市近辺にあるのは明らかである。

三 以上の通り、本件訴訟の実際の審理の便宜等を考慮して見ても、本件は金沢地方裁判所で審理する必要があり、かつ前述の通り、行訴法一二条三項が適用されるべきものなのである。

ところが、原決定は右実際の審理上の便宜の観点について具体的に考慮・検討しようとした形跡すらなく、全く理解に苦しむとしか言いようがない。

第七 乙九号証(福岡高決平成五・六・二一)等の判例について

この福岡高裁決定の憲法三二条と行訴法一二条三項の解釈についてはとうてい承服しかねるが、さらに、右事件を子細にみるならば、本件とは基本的事実関係を全く異にし、何ら参照の必要性のない事案だといわねばならない。

すなわち、同事案についての福岡高裁決定の認定は、国民年金法及び厚生年金保険法による障害に関する給付の裁定にあたって、社会保険庁長官が「資格要件」についても「障害要件」についても独自に事実を調査した上で(後者については医学的専門知識を有する認定医の判断を経るなどして)実質的な審査を行っていることと対比して、社会保険事務所の「審査」は記載事項の確認に止まるので、社会保険事務所が処分の成立に積極的・実質的に関与したとはいえない、というものである(乙九号証五〜六頁、同別紙(一)五〜七頁)。これらの点を本件についてみるに、前記のように、社会保険庁長官は独自に調査することも本人に照会することも専門家の判断を介在させることもなく、単に石川県知事(北社会保険事務所)において取り揃えられた書面に基づいて機械的に処理したにすぎないのである。従って、相手方(被告)は本件において「実質的審査」を全く行っていないことは明白である。

してみると、前記福岡高裁決定の事案は、本件とは基本的事実関係を全く異にするから、参照する意味はないのである。相手方(被告)が何を意図してかかる決定を本件の証拠として提出したのかは定かではないが、相手方(被告)のこのような行為は、本件事実関係についての被告の理解がいかに杜撰であるかを証するものだという他はない。

ちなみに、右決定の原審である長崎地裁平成四年三月三〇日決定は、前述のような事案であるにもかかわらず、当該原告の生活状況に照らしその裁判を受ける権利を実質的に保障する観点から、移送申立を却下していることは、司法裁判所の本来のあり方を示唆する点で注目に値する。原決定とはまさに対照的である。

なお、相手方(被告)は原審の「移送申立書」において、仙台地裁昭和五四年一二月一四日決定、大阪高裁昭和五〇年四月八日決定を引用するが、いずれも本件の先例となるような意義を有する事案ではない。すなわち、前者は、厚生年金遺族年金不支給処分につき社会保険事務所が「受給権の存否を決定する事実関係について調査検討することはない」(行裁例集三〇巻一二号三〇一九頁)と認定しており、調査権限を有する本件の場合とは基本的事実関係が異なる。また、後者は、委任を受けていない知事の行為に関しての判断であるから、国年令等により法令上の委任関係にある本件とはやはり基本的事実関係が異なるといわざるをえない。してみると、相手方(被告)の裁判例の引用は闇雲になされているだけであり、本件の事実関係にそくして解決を図ろうという態度からは程遠いといわざるをえないのである。

原決定が前述のような実質的判断という従来の判例よりもさらに狭隘とも受け取れる基準を採用したのは、あるいは、右事案の相違に気付いたためかも知れぬが、一二条三項の立法趣旨と逆行するような解釈の方向性が誤っていることはすでに詳述したとおりである。

第八 結論

以上によれば、本件訴訟は金沢地方裁判所に管轄が存するものであるから、原決定はすみやかに取り消されるべきものである。

以上

別紙準備書面(二)

相手方の答弁書(平成五年一一月三〇日付)に対し、必要最小限度の反論をする。

第一 本件処分の成立過程について

相手方は、本件処分の端緒はあくまでも金沢市長が本件届書(乙一)を受理したことだと主張し、金沢南社会保険事務所が本件届書の提出を受けて金沢市長に回付した事実が本件処分の成立に持つ重大な意味を無視しようとする(答弁書七頁〜一〇頁)。

右についての相手方の説明ないし理由付けは必ずしも趣旨が明確ではないが、要するに、法令上、金沢南社会保険事務所が本件届書を受給権者から直接に受理すべき根拠規定が見当たらないということに尽きるようである。

しかし、まず、このような見方はそれ自体、関係法令についての歪曲した解釈ないし狭隘な解釈に基づくことは、ここで改めて指摘するまでもなく、また、少なくとも、現在の実務の運用上、金沢南社会保険事務所が本件届書を受け付けることになっているのは歴然たる事実である(ちなみに、乙一の受付印の存在についての相手方の説明《答弁書一一頁》は全く弁解になっておらず、また、甲二一《厚生年金保険国民年金の併給調整》が本件届書も含む形で広く一般的に申出書類についての提出先について解説していることは右書証の性質とその記載・表現上明らかである。)。

そもそも、処分への関与機関の法令上の明文の根拠規定の有無によって、歴史的・具体的事実としての現実の処分の成立への実質的関与の有無が決まるものでないことは言うまでもない(仮に相手方のいう実質的関与が必要だとの説を前提としても)。相手方はどうしても法令の規定の世界と現実の生身の事実の世界との区別がつかないもののようである。行訴法一二条三項の「事案の処理に当たった下級行政機関」か否かの解釈は、具体的事実関係を問題とするのであり、仮にその関与についての法令上の根拠が明確でないとしても、事実としての実質的関与はなし得るのである(仮に実質的関与説を前提としても)。

なお、抗告人が一九九三年一一月一一日付上申書において裁判所を通して相手方に対し本件処分の成立過程、各下級行政機関の担当者の具体的関与状況についての釈明を求めたにもかかわらず、相手方は「被抗告人がこれまでに主張してきたとおりであり、それ以上は必要と認めない。」と回答している(答弁書二二頁)。これは、相手方が、単に回答を拒否していると見るべきではなく(仮にそうだとしてもその不当極まりないことは言うまでもないが)、相手方が本件処分の成立についての各下級行政機関の具体的関与状況を実は全く把握していないことを自認したものにほかならないと見るべきである。相手方が本件処分の成立過程について本件審理過程で主張しているのは、一貫して法令上の建前がこうなっているという主張のみであることに注目すべきである。これに対して、抗告人は金沢南社会保険事務所窓口での本件届書の提出強要その他の具体的事実を主張し、かつ、その立証に必要不可欠な抗告人本人尋問を申請している。従って、もし万一、抗告審裁判所が抗告人本人尋問も実施せずに本件処分の具体的成立過程について抗告人に不利益な認定判断をするとしたならば、その不当性・違法性は明らかだと言うべきである。

第二 「抗告人個人の事情」の重要性

相手方は、抗告人個人の事情に関する事柄は本件移送の判断とは無関係であると主張する(答弁書六頁)。

しかし、既に抗告人が準備書面(一)で詳論した通り、行訴法一二条三項の解釈適用(反面としての同条一項の解釈適用)に際して、原告の個人的事情が極めて重要な考慮要素となるのは明らかである。

あるいは相手方は、裁判管轄は法律上当然に定まるから、原告ないし被告の個別的事情は移送の判断に無関係だと考えているのかも知れない。

しかし、まず、裁判制度、裁判管轄の設定が法律事項であってもそれについて立法府のいわゆる立法裁量には限界があり、裁判管轄の基本原則及び裁判を受ける権利の保障(憲法三二条)・平等原則(憲法一四条)等の憲法上の諸原則・各種の人権保障の趣旨に適合しない裁判制度、裁判管轄を設定することが許されないのは言うまでもなく(法令違憲の問題)、また、裁判制度、裁判管轄に関する法規定が、それ自体の文言上は解釈に幅があり得て違憲とまでは言えない場合でも、個別事件の具体的な適用の場面で、裁判所がある一定の解釈に従って適用することあるいは適用しないことが憲法上許されないということは十分にあり得るのであって(適用違憲の問題)、その場合には憲法適合的な解釈に従った適用をなすべきことになるのである。そして、その際に、原告ないし被告の個別具体的事情を考慮するのは、まさに当然のことである。

本件は、行訴法一二条一項と三項について、まさに右のような適用違憲が問題とされている事例であるから、相手方がいうように原告たる抗告人個人の事情が無関係であるなどということはあり得ないのである。

第三 判例の引用について

相手方は答弁書において、福岡高裁決定(乙九)等の判例の引用の正当性を主張する。しかし、その不当性は、準備書面(一)(五四頁以下)で指摘した通りである。ことに、本件処分が羈束的行政処分であることの事案の特殊性を考えれば、相手方引用の各判例は参考にはならないことは明らかだと言うべきである。

以上

別紙答弁書

第一章 抗告の趣旨に対する答弁

一 本件抗告を却下する

二 抗告費用は抗告人の負担とするとの裁判を求める。

第二章 理由

第一 はじめに

原決定は、本件処分に関し、金沢南社会保険事務所(以下「南社会保険事務所」という。)、金沢市長及び金沢北社会保険事務所(以下「北社会保険事務所」という。)は、いずれも行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)一二条三項所定の「事案の処理に当たった下級行政機関」には該当しないとし、本件を東京地方裁判所に移送することを認めたもので、極めて妥当・正当な判断であり、本件抗告は直ちに却下されるべきである。

抗告人は、いまだに原決定を認めず、抗告人の一九九三年一〇月一五日付け準備書面(一)(以下「準備書面(一)」という。)で、本件処分とは何ら関係のない事項を並べ立てるとともに、事実関係を誤って認識し、行訴法一二条三項の解釈も誤っているので、被抗告人は、これに反論し、原決定が正当であることを主張する。

なお、抗告人は、準備書面(一)で、抗告人個人の事情に関すると思われる事柄についても述べているが、本件の移送の判断とは無関係であるから、被抗告人はこれについてはあえて反論しない。

第二 本件処分の端緒について

一 南社会保険事務所が本件届書(乙第一号証)の提出を受け、これを金沢市長に回送したことについて

1 本件処分は、被抗告人が国民年金法三六条の二第一項一号の規定に基づいて行った処分であるところ、昭和六〇年の同法の改正により、それまでの障害福祉年金から裁定替えされた障害基礎年金(以下「裁定替障害基礎年金」という。)の受給権者は、右規定における支給停止事由に該当するに至ったときは、届書を社会保険庁長官に提出しなければならないとされている(同法施行規則(乙第二号証)三四条の二第一項)が、社会保険庁長官に提出すべき各種届書等の受理等に関する事務は、受給権者等の住所地の都道府県知事又は市町村長が行うこととされ(同法施行令(乙第三号証)一条ないし三条)、本件届書については、裁定替障害基礎年金に関する届書であることから、これに係る受理及びその届出に係る事実についての審査に関する事務は、市町村長に行わせることとされている(同法施行令二条六号)。さらに、届書は、届出の受理を行うこととされた者を経由して提出しなければならないとされており(同法施行規則三八条の四第四項)、本件届書は特別の事情があると認められれば、都道府県知事又は市町村長の経由を省略することができる旨の規定(同法施行規則八六条一項)の適用もないから、抗告人は、本件届書を金沢市長に届け出なければならなかったのである。

2 また、窓口では、規定により受給権者等が届書等の提出を義務付けられているにもかかわらず、その提出がなされていないことが判明した場合には、その提出を求めるのは当然の義務とされている。したがって、抗告人が平成二年三月六日に南社会保険事務所を訪れ、同所の窓口事務の担当者によって抗告人の併給状態が発見された場合も、同担当者の指導のもとに、本件届書の提出を求めたのは当然の事務を遂行したにすぎず、抗告人の、「社会保険庁長官からなんの指示もないにもかかわらず、社会保険事務所の窓口担当者があえてこのような行為を行った」(準備書面(一)三六ページ四行目ないし六行目)との主張は何ら根拠がないのである。

3 さらに、右規定のとおり、本件届書は、本来金沢市長に提出されるべきであるので、南社会保険事務所では、行政サービスの一環としてこれを一旦預かり、金沢市長へ回送したのであって、本件処分は、あくまでも、金沢市長が本件届書を受理したことを端緒として行われているのである。

二 本件届書の受付は、社会保険事務所では行わないことについて

1 抗告人は、「本件のような受付行為は社会保険事務所で行われることが制度上及び実務上当然の前提にされている」(準備書面(一)三三ページ七、八行目)とし、以下の理由を掲げ、あくまでも南社会保険事務所が本件処分の成立に関与したかのように主張する。

(一) 本件届書に社会保険事務所の受付印欄があること(同書面同ページ四、五行目)

(二) 社会保険業務センター自身が「申出書」類を社会保険事務所に提出するよう指示していること(同書面同ページ五、六行目)

2 右(一)については、市町村長は、届書等を受理したときは、必要な審査を行い、これを都道府県知事に進達しなければならない(国民年金法施行規則六四条一項)とされ、都道府県知事は、受理した届書等が、社会保険庁長官に提出すべきものであるときは、これを社会保険庁長官に進達しなければならないとされている(同条二項)ことから、本件届書にも、それぞれの機関ごとでの受理時の受付として、市町村受付印欄、社会保険事務所受付印欄及び社会保険庁受付印欄が設けられているのである。

したがって、社会保険事務所受付印欄は、受給権者から直接届書を受け付けることを前提として設けられているものではないのである。

右(二)については、抗告人がその裏付けとして引用している「厚生年金保険国民年金の併給調整」(甲第二一号証)は、厚生年金保険法三八条又は国民年金法二〇条の規定に該当する場合についての解説書であり、本件事案は、国民年金法三六条の二第一項一号の規定に基づく処分であるから、根拠規定が異なる解説書の記載事項に合致していないことを理由としているのであって、抗告人の主張は失当である。

第三 金沢市長及び北社会保険事務所の本件処分への関与について

一 金沢市長の関与

抗告人は、市町村長は、「独自の判断に基づいて書類を揃えたり、その再提出や補正を提出者に行わせるという事務は、単なる経由機関がなしうることではなく、処分の成立の絶対的な条件としてその成立を支えるために行われている」(準備書面(一)四〇ページ八行目ないし一〇行目)と主張する。

しかし、市町村長は、「国民年金市町村事務取扱準則」(乙第四号証。以下「取扱準則」という。)の規定に従い届書等について記載漏れがないかを確認するとともに、補正可能なものを補正しているにすぎないのであり、齟齬が補正された場合に、更に内容についての実質的審査をしているものではないのである。まして取扱準則を超える「独自の判断」をすることは求められていないのである。

したがって、本件届書についても、南社会保険事務所から回送されたのでこれを受理し、取扱準則に従い点検・補正し、北社会保険事務所に進達したにすぎないのであり、本件処分の成立には何ら影響を与えていないのである。

二 石川県知事(北社会保険事務所)の関与

1 抗告人は、「北社会保険事務所も、本件のような事案において国民年金法上で調査を担当する機関に当たるので、「事案の処理に当たった機関」に該当するといわなければならない」(準備書面(一)四一ページ一〇、一一行目)と主張するが、本件を処分するに当たり必要となるのは、支給停止事由に該当している期間における支給額及びその支給の状況(他の事由により支給停止となってていたかどうか等)であり、抗告人が、「石川県知事だけが行いえた」(同書面四二ページ二、三行目)とし、「併給の期間と金額についての調査と確認」(同書面四一ページ末行ないし四二ページ一行目)の結果であるとして引用している甲第一七号証の三及び第一六号証の二は、抗告人が年金を受け取るに当たっての金融機関の変更の経緯を北社会保険事務所が確認できるというだけのことであり、当該確認結果が本件処分に直接影響を与えるとは認められないことから、抗告人の主張は失当である。

2 また、抗告人は、北社会保険事務所は、「処分成立の要件となる諸事実を取り揃え、処分成立のためにはそれらで十分足りるとして判断した上で社会保険庁長官宛に送達したのであるから、処分成立に実質的に関与したことは明白である」(準備書面(一)四三ページ三行目ないし五行目)と主張する。

しかし、北社会保険事務所は、「国民年金(短期年金)年金受給権者にかかる諸変更届の進達事務の手引」(乙第六号証)に従い、本件届書について点検・補正をしたにすぎず、被抗告人が特にこれを超える事務や判断を本件事案に限って求めたという事実もないから、抗告人の右主張は失当である。

3 北社会保険事務所が本件処分に関わったのは、金沢市長からの本件届書の進達を受理し、記載事項の点検・確認を行い、社会保険業務センター(以下「センター」という。)に進達したにすぎず、このことをもって本件処分に影響を与えるほどの関与をしたとは到底いえないのである。

三 したがって、金沢市長及び北社会保険事務所(以下「金沢市長等」という。)は、いずれも定められた様式の記載事項の整合について確認するに止まり、記載事項の内容の存否等について独自の判断に基づき調査し、本件について意見を具申することはしていないし、また、このようにすべき法令上の根拠もないから、金沢市長等は、被抗告人の本件処分の成立に積極的、実質的に関与したとはいえず、行訴法一二条三項にいう「事案の処理に当たった下級行政機関」に該当しないというほかないのである。

なるほど、金沢市長等が点検・補正した本件届書の記載事項の内容が被抗告人の障害年金支給停止処分の成立につき関わりがあることは、処分が右記載事項の内容に依拠する以上当然であるが、被抗告人が右記載事項をどのように評価して処分に至るかについては、これに金沢市長等が関与することなど法令上全く予定しておらず、現にそのような意味での関与はしていないのである。

第四 センターの事務

抗告人は、本件処分に関し被抗告人は実質的判断は全く行っていない旨主張する(準備書面(一)四四ページ一〇行目ないし四五ページ一行目)。

しかし、国民年金法施行令四条の九第二項の年金たる給付について、その支給の状況をすべて社会保険事務所が把握できるとは限らないことから、センターにおいて必要に応じて関係機関への確認を行ったり、支給停止が過去に遡った場合に生ずる過払額を個別に算出し、当該算出結果を機械入力しなければならないこと等が想定され、本件処分のような状況がすべてであるかのような抗告人の主張は失当である。

第五 福岡高裁決定(乙第九号証)等の引用について

一 抗告人は、福岡高裁平成五年六月二一日決定の事案は、「社会保険庁長官が「資格要件」についても「障害要件」についても独自に事実を調査した上で………実質的な審査を行っている」(準備書面(一)五四ページ一〇行目ないし一二行目)のに対し、本件事案は、「社会保険庁長官は独自に調査することも本人に照会することも専門家の判断を介在させることもなく、単に石川県知事(北社会保険事務所)において取り揃えられた書面に基づいて機械的に処理したにすぎないのである」(同書面五五ページ二行目ないし四行目)から、「本件とは基本的事実関係を全く異にし、何ら参照の必要性のない事案」(同書面五四ページ七、八行目)であると主張する。

しかし、そもそも、行訴法一二条三項の解釈については、上級行政庁が、事案の処分についてどれだけ効果裁量の余地を有するかによって下級行政機関の処分への関与の度合いが決まるというものではないのであり、かつ、右両事案はともに、「社会保険事務所の「審査」は記載事項の確認に止まるので、社会保険事務所が処分の成立に積極的・実質的に関与したとはいえない」(同書面五四ページ一三、一四行目)ことでは同じなのであり、抗告人の右主張は失当である。

二 抗告人は、仙台地裁昭和五四年一二月一四日決定及び大阪高裁昭和五〇年四月八日決定の被抗告人の引用についても、「いずれも本件の先例となるような意義を有する事案ではない」(準備書面(一)五六ページ二、三行目)と主張する。

しかし、以下のとおり、両決定とも、本件事案について大いに参考になるものである。

1 仙台地裁昭和五四年一二月一四日決定

本事案は、「社会保険事務所では、……必要事項の記載の有無及び形式的な正確性、必要添付書類の有無を点検確認して被告に審査のため送付するのみで、受給権の存否を決定する事実関係について調査検討することはないことが認められる。」(行裁例集三〇巻一二号二〇一九ページ)とし、移送を認めているのであり、既に被抗告人が本件事案について述べてきたとおり、金沢市長等は、被抗告人が行う処分についての届書の経由機関にしかすぎないのであり、まさに本件事案の参考になるのである。

2 大阪高裁昭和五〇年四月八日決定

本事案は、行訴法一二条三項を「「事案の処理に当たった」というためには、当該行政処分の成立に関与したことを要するのであって、単に行政庁の依頼によって資料の収集を補助した程度ではこれに該当しない」(訟務月報二一巻七号一四一〇ページ)と解釈しており、まさに本件事案の参考になるのである。

第五 抗告人の求釈明について

抗告人の求釈明については、被抗告人がこれまでに主張してきたとおりであり、それ以上は必要と認めない。

第六 結語

以上のとおり、本件が東京地方裁判所に移送されるべきものであることは、その事実関係からも、行訴法一二条三項の解釈からも明らかなのであり、抗告人の抗告は速やかに却下されるべきである。

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